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 おばあちゃんと歩む道 (最終回) 「すべては益に!」

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おばあちゃんとの生活がようやく落ち着いた頃でした。
実家の父の認知症が急激に進行したことがわかったのです。


すぐに入所できる施設や病院を探しましたが、どこも空きがなく、手伝いに行くことも出来ず、
八方塞がりの中で、やむを得ず、私たちの所に父を迎えることになりました。


父の認知症は、見当識障害が主な症状で、場所や物がわからない傾向にありました。
それに、夜間には幻聴幻覚も現れるなど、生活の混乱は避けられないと思われました。


また、すでに同居中のおばあちゃん(夫の母)と、
うまくやっていけるかどうか、それが一番の心配でした。


他にも、いろいろ不安がありましたが、
聖書には「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださる
」という約束がありますから、


このことも、必ず益に変えてくださると期待し、不安なことや心配なことの一つ一つを感謝しました。
そして、このことの背後にある神様のすばらしいご計画が開かれるように祈りました。


父を迎えた日、おばあちゃんは、驚くほど穏やかに、父を迎えてくれました。
父は、母より5歳年下でしたが、脳梗塞の後遺症で足がふらつき、車いすや歩行器が必要でした。


食べるにも飲むにも時間がかかり、トイレの場所や寝る場所もなかなか覚えられません。
そんな父を、おばあちゃんが、自ら進んでお世話してくれたのです。


おばあちゃんは、早くに母親を亡くし、幼い弟妹を母親代わりに育ててきた人です。
おばあちゃんが本来持っていた母性本能が目覚めたかのように、父を助けてくれたのでした。


また、父は静かで穏やかな人でしたので、
話し好きなおばあちゃんの話相手にはもってこいだったようです。


耳が遠い事もあったと思いますが、なんでも、「うん・・・うん・・・」とうなづく父に、
「ね、そうでしょ、おじいちゃん」と、にこにこ顔で話すおばあちゃんは、とても幸せそうでした。


二人とも認知症を患っていますから、当然、混乱するときもありました。
「変なおじいさんがいる!」とおばあちゃんが大騒ぎをしたり、
父が母の部屋をお手洗いと間違えてしまったり、今となっては笑い話です。


こうして私たちの不安はみごと裏切られ、なんとも嬉しい展開となったのでした。
一人の介護の時よりも、二人の介護になってからの方が、ずっとずっと楽になったのですから。


さらに、すばらしいことが待っていました。
父はいろいろな病気を持っていましたので、「教会に行って祈って頂こう」と誘うと、
素直に「治して貰いたい」と言って、一緒に教会に行くようになりました。


それまでいくら誘っても行かなかったおばあちゃんまで、おじいちゃんが行くなら私も行こうかな」と、
これ以来、ずっと一緒に教会に行くようになりました。


礼拝に集い、病気のいやしのために祈っていただく中で、
車いすで移動していた父の足が、日に日に強められ、車いすが不要となり、
歩行器も不要となり、やがて杖がなくてもしっかり歩けるようになりました。


長年の悩みの種であった重症の便秘も、いやされて薬を飲む必要がなくなりました。
ぜんそくもいやされ、ふるえてまともな字が書けなかったのですが、
しっかりした字が書けるようになりました。


父と同居するようになって、ちゃんと夜眠れているのか、寒すぎないかなどなど・・・
いろんな事に気を遣うようになりました。


そして、気づかされました。
おばあちゃんに対しては、こんな思いを持って接していなかったと・・・


これはどうしても謝らなければならないと思い、
ある日、おばあちゃんと夫に、今まであまりにも思いやりがなかったことを謝りました。


おばあちゃんは、こんな私に「良くしてくれてたわよ」と笑顔で言ってくれました。
この日から、「介護している」という思いから、
「おばあちゃんとおじいちゃんと一緒に生活している」という思いに変えられたのでした。


神様は、聖書のことばの通りに、すべてのことを益に変えてくださいました。
を引き取る事になったとき、このようなすばらしい計画が備えられていたなんて、
だれが想像できたでしょう。


「悪いと思うことの背後にも、神様のすばらしいご計画がある」
ほんとうにその通りでした。心から神様をほめたたえます。 ハレルヤ!


4回連載の長文となりましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。

4 Comments

空飛ぶミケ猫  

こんにちは

長編大作でしたね。
そしてとても素敵なお話でした。

お一人の介護も大変なのに、よくお二人を受け入れる決断をしましたね。
聖書の教えをよりどころとされているようですが、すばらしいと思いました。

私の母は施設に入っていると前に書きましたが、一時は一緒に生活していたんです。
でも、共稼ぎだった私たちはどうしてもどちらも仕事を辞める決断ができずに施設に入ってもらったんです。
心の中には捨てたような苦い思いがあります。
自分は母に大事に大事に育てられながら、今の私はたまに施設に行くだけで、母を大事にしていません。あなたのように謝ることもしていません。

ごめんなさいと心の中で謝るばかりです。

「悪いと思うことの背後にも、神様のすばらしいご計画がある」
…素敵な言葉ですね。

2009/09/15 (Tue) 23:08 | EDIT | REPLY |   

petero k  

Re: こんにちは

こんばんわ。
最後まで読んでくださって、ほんとうにありがとうございました。

母の介護でつくづく思わされたことは、私が無理をしていると、母も無理をし、私がマイペースを保ち、楽しく元気に過ごしていると、母も同じように元気で過ごせるということです。

ミケ猫さんを大事に大事に育ててくださったお母様なら、なおさらのこと、お仕事と、介護の板挟みのなかでご無理をされることは、お母様にとっても、お辛い事ではないでしょうか?

それぞれ、置かれている立場が違いますから、それぞれに最善の方法が開かれていくのだと思います。

父を迎えたことも、たっての願いでも、自分で選択したのでもありません。他になすすべがなかったため、そのように追いやられただけです。けれども、これが神様の最善のご計画でした。ですから、お母様が施設に入られたことも、同じではないでしょうか。

お母様が施設に入られたことの背後にも、すばらしい神様のご計画がありますね。期待してください!



2009/09/15 (Tue) 23:51 | EDIT | REPLY |   

園長  

すばらしいですね。

まるで一本の映画を見たよう・・・
petero kさんの心映えのすばらしさに
起ちあがって拍手です!

私の父も今年の春から
独り暮らしが無理になりました。
二人姉妹で両方とも家をでている私と妹には
この問題がどれだけ重いものであるかわかります。
それでもこのような対応が出来る方がいらっしゃるんですね。
なんだかとても感動してしまいました。
書いてくださって有難うございます。


2009/09/18 (Fri) 20:14 | EDIT | REPLY |   

petero k  

Re: すばらしいですね。

園長さんへ

最後まで読んでくださってありがとうございました。また、コメントまでいただき、感謝します。

義母の介護を通して、自分の弱さや至らなさ、特に、愛のなさ、許せない思いなど・・・嫌と言うほど見せつけられました。そんな私が、はなから介護など出来るはずがなかったのですが、はじめは高慢にも、自分の頑張りでやれると思っていました。ペシャンコにされて、ようやくできないとわかり、神様に助けを求めた次第です。

できないこと、困ったこと、辛いこと、嫌なことなど、感謝したくないことが起きる度、意識して感謝することで、神様が働かれるのを、具体的に体験することができました。
もし、感謝していなかったら、そして、神様の助けがなかったら、未だに、苦しんでいたに違いありません。

すべてが益に変えられたのは、私の努力や頑張りによるのではなく、ただただ、神様の恵みであり、「すべてを働かせて益とする」、という神様のことばの真実さの故です。

神様は、いつでも、私たちを助け、祝福したいと願ってくださっている・・・・そう信じています。














2009/09/19 (Sat) 02:14 | EDIT | REPLY |   

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